東京・南青山の「MANDALA」で女性ばかりの弦楽四重奏団O, K, Strings Quartet (以下OKSQ)が全曲ピアソラのライブを行ったのは1998年2月23日のこと。少し前にCD(1)をリリースしたばかりの彼女たちの演奏に、私はこの時初めて触れた。
「酒場1900」(「タンゴの歴史」より)でライブはスタート。なかなか洒落たアレンジと演奏に、まずはハズレでなかったと一安心。よく見るとトップ・ヴァイオリンは、少し前にバンドネオン奏者・小松亮太のライブにも出演していたChicaとかいう人だ。何曲かが過ぎ、ゲストとして黒田亜樹なるピアニストも登場。ピアノ・トリオやピアノ五重奏で演奏が続き、途中休憩なしでヘヴィな曲目のプログラムがどんどん進んで行く。終わってみれば100分を越えるほどの長丁場だったこの日のライブ、曲によってはまだこなれていない演奏があったのも確かではあるが、アレンジのセンスの良さと高い演奏力は強い印象を残した。ちなみにライブのタイトルは「スーパー・ピアソラNight」…ネーミングのセンスもユニークというか何というか…。
ずっと後で知ったことだが、Chicaと黒田、それにOKSQのもう一人のヴァイオリニストであるクラッシャー木村は、90年代前半に「芍薬」というグループで一緒に活動していたそうなのだ(2)。しかも当時既にピアソラに心酔し、ライブでもピアソラを演奏していたりしたらしい。その後別の道を歩んでいた黒田とChicaが、久々に一緒にピアソラやってみようか、ということで実現したのがこの日のライブであったわけである。
それから少しして、とある音楽系のオフ会で黒田と初めて直接話す機会があり、改めてOKSQ+黒田でオール・ピアソラのコンサートを企画していることを聞かされる。今度のコンサートのタイトルは「東京ピアソラランド」。連想されるあのテーマパークのように、ピアソラのいろいろな面を楽しく聴いてほしい、という意図だったものと思われるが…やはりこのセンスは、ユニークというか、まあ普通ではないかも。
かくして、「東京ピアソラランド」のタイトルによる記念すべき第1回目のコンサートが、1998年5月10日に東京オペラシティのリサイタルホールで行われた。プログラムは、OKSQの演奏で「タンゴの歴史」全パートと「タンゴ・バレエ」、黒田のソロで「3つのプレリュード」、全員で「革命家」「ブエノスアイレスの冬」「プレルディオ・ヌエベ」「ディベルティメント・ヌエベ」「フーガ・ヌエベ」、そしてアンコールに「アディオス・ノニーノ」。
力技でガンガン行った「MANDALA」でのライブとは対照的に、しっかりと構成された隙のないプログラムで、どの曲も非常に充実した演奏であった。少くとも、クラシック演奏家によるピアソラの演奏会という観点では大成功だったと言える。もっとも、タンゴ特有のノリに関してはまだ不十分な面もあったかもしれないが、まあそれはそれ…。
しかしながら、Chicaも黒田も「それはそれ」では済ませたくなかったらしい。それどころか、猛烈にタンゴへのアプローチを始めたのだ。
タンゴ特有のノリ、というのは実はなかなかの難物である。特に、楽譜には書けない微妙なタイミングのずれが生み出す躍動感など、頭では理解できても実際に演奏できるようになるまでにはかなりの努力を要するらしい。ピアソラの音楽も当然ながらタンゴであるので、このノリが演奏の土台にあるかないかで随分感じの違ったものになってしまう。(3)
さて、彼女たちは敢えてその難物をモノにする道を選んだ。Chicaは小松亮太のグループに参加して彼等に教えを乞い、実戦の場で研鑽を積む。黒田はタンゴ・ピアニスト小松真知子の門を叩き、みっちりとタンゴ・ピアノの何たるかを学ぶ。古いタンゴを浴びるように聴き、タンゴのリズムを体に馴染ませる。
こうして各々がタンゴの世界にどっぷりと漬かりはじめたころ、東京ピアソラランドVol. 2が企画された。同年10月23日、場所は同じくオペラシティのリサイタルホール。今回はChica、黒田の二人にゲストとして小松と、コントラバスの東谷健司(4)という強力タンゴ人を迎えてのステージであった。演奏曲目も、この時から「カミニート」(フィリベルト作)、「ウノ」(モーレス作)などピアソラ以外のタンゴが加わるようになる。またピアソラ作品についても、チェロのための「ル・グラン・タンゴ」のヴァイオリンへのトランスクリプション、珍しいピアノ独奏曲「バルシシモ」など、ひと味違うレパートリーが加わる。まだまだ手探りの面もあったものの、4人による「革命家」などはかなりの迫力で、タンゴへのアプローチが着実に成果を挙げていることが感じられるものであった。また同時に、Chicaと黒田の2人を仕掛け人とするライブ・シリーズ、という東京ピアソラランドのコンセプトも明らかになった。
黒田はこの年12月、上記の「バルシシモ」などのレアなレパートリーを含むピアノ・ソロ・アルバム「タンゴ・プレリュード=ピアソラピアノ作品集」(5)をリリース。
翌1999年には、MANDALAを拠点とし、仕掛け人2人に東谷を加えたトリオをレギュラーメンバーとして、活発な活動が展開された。3月31日(私は未聴)のVol. 3、5月27日のVol. 4はそのトリオによるもの。ミロンガ(6)がレパートリーに加わり、古典タンゴのレパートリーも広がる。もちろんピアソラの曲も多数。小さな編成ならではの自由度を生かした演奏はなかなか魅力的だった。
7月22日のVol. 5ではOKSQ、東谷、小松が参加し、これまで関った全員が勢揃いする形でカザルスホールに登場。オープニングのファンタジックな「降る星の如く」(マデルナ作)、「ウノ」はこのホール、このメンバーならではの美しさであった。バラエティに富んだ編成でさまざまな曲が演奏されたこの日のコンサートでは、ギター・デュオ曲を弦楽四重奏にアレンジした「タンゴ組曲」、黒田のソロによる「リベルタンゴ」、全員による「アディオス・ノニーノ」などが特に素晴らしかった。
10月26日は再度トリオ版。3人の息もかなり合ってきて、レパートリーもこなれてきた感がある。「ルンファルド」のグルーヴ感が何ともカッコ良かったこと、Chicaのヴァイオリンがいつにも増して美しかったことが印象に残っている。
これらの活動と並行して、Chicaは小松のプロジェクト「スーパー・ノネット」で、2月と10月のツアーとCD「来たるべきもの」(7)に参加している。一方黒田は12月に2枚目のソロCD「Tango 2000 (ミレニアム)」(8)をリリース。また各々OKSQ、ソロでもタンゴをレパートリーに加えた演奏活動があった。
そして12月20日、充実した1999年の活動を締め括る「Vol.歳末」が東谷、OKSQの参加で行われた。前半は黒田がソロで新CDからの曲を披露したり、いつものトリオでの演奏があったりして、後半にOKSQ登場。OKSQ+東谷で演奏された「恋人もなく」(バルディ作)がとにかく美しく、同編成によるChica作の題名のないバルス(アルゼンチン風ワルツ)も曲、演奏とも素晴らしかった。
こうしてはた目には順調だったピアソラランドであるが、翌2000年には一転して沈黙してしまう。詳しい事情はよくわからないが、一向にライブの告知がなく、ファンとしてはやきもきとした時を過ごすことになる。
とはいえ、Chicaも黒田もタンゴとの関りは相変わらず深い。Chicaは、小松が弦パートを増やして演奏をする時にはいつも参加していた。特にアルゼンチンからバンドネオン奏者ビクトル・ラバジェンを迎えて9月に行われた「タンゴ・スピリット」は、彼女にとっても得難い経験だったのではないかと思う。黒田はタンゴに関してはソロでの活動が中心。一方、二人とも他ジャンルでの活躍もあり、100%のタンゴ人ではない自分たちとタンゴとの関り方を模索していた時期でもあったのかもしれない。
そして年も暮れようとする頃、東京ピアソラランドは突然復活する。前回から丸々1年経過した12月21日、やはりMANDALAで行われた「Vol.再歳末」にはOKSQが参加。Chica+黒田の「タンティ・アンニ・プリマ(何年も前に)」で感触を確かめるように静かにスタートしたライブも、得意のミロンガ「マノ・ブラーバ」(ブソン作)、「ノクトゥルナ」(プラサ作)を演奏するころには一気にテンションが上がる。黒田のソロ「アディオス・ノニーノ」、Chicaの無伴奏ソロ「ロス・マレアードス」(コビアン作)など聴きどころいっぱいであったが、何といってもこの日の目玉は全員で演奏された「コントラプンテアンド」(ロビーラ作)であろう。作者のエドゥアルド・ロビーラは孤高のバンドネオン奏者、作曲家で、ピアソラと並ぶ前衛と目されつつも一般には全く評価されなかった存在なのだが、その作品は純粋な美しさを湛えている。今こそ大いに評価されるべき存在にスポットライトを当てた功績は大きい。
2001年は6月に2度のライブが行われた。14日は東京・お台場のTribute to the Love Generation、28日は東京・六本木のス イートベイジル stb139にて。今回は東谷、OKSQに各パートをもう一人づつ加えた弦楽アンサンブルO.K. Stringsが参加し、ゲストには小松を迎えての豪華な編成である。東谷+O.K. Stringsの弦セクションがグルーヴ感、響きとも充実しており、弦だけによるミロンガ「コラレーラ」(アイエタ作)や未だ無題のChicaのバルス、それに黒田を加えての初期のころからのレパートリー「プレルディオ・ヌエベ」「ディベルティメント・ヌエベ」「フーガ・ヌエベ」などが素晴らしい。ソロ、デュオやいつものトリオも交じえ、さらに小松+弦で「コントラプンテアンド」、全員でファンタジックな「降る星の如く」、「バンドネオン協奏曲」(抜粋)と、東京ピアソラランド史上最高の演奏が繰り広げられた。
「東京ピアソラランド」の名前による2001年のライブはこれだけであったが、この年何度か行われた小松のオルケスタ・ティピカによるライブにChicaはメンバーとして、黒田はゲストとして参加している。また、12月に行われた「小松亮太3days」という企画では、初日の「ピアソラとロビーラの挑戦」というパートでChica、黒田を中心とするグループが登場。若干マニアックな構成ながら興味深い演奏が繰り広げられた。
2002年は東京ピアソラランドで幕を開けることになる。1月9、10日に、東京・六本木のスイート・ベイジルstb139にて「Piazzolla Spirit Open 2002」なるライブが行われるのだ。前回同様大編成版O.K. Strings、東谷が参加し、ゲストのバンドネオンは日替わりで小松と北村聡である。果たして今回はどんな演奏を聴かせてくれるのか、これを執筆している時点では期待が高まるばかりである。
これまでの演奏曲目を見てもわかるように、レパートリーの幅はどんどん広がり、さまざまなタンゴに及んでいる。しかも単なるスタンダードよりは現代に生きる名曲が選ばれており、採用しているアレンジもなかなか秀逸。一部のオリジナル・アレンジや、まだ1曲ながらメンバーの作品も東京ピアソラランドならではのオリジナリティである。実のところ、もう看板にピアソラの名前はいらないのではないか、とすら思うこともあるのだが、一方で、東京ピアソラランドという不思議なセンスの名前への愛着も今となっては捨て難く、これからも着実な活動と面白い展開に期待したい。
以前拙サイト「よしむらのペー ジ」に東京ピアソラランドの2000年12月のライブについてレポートを掲載した際に、「東京ピアソラランドの基礎知識」という記事を併記したのですが、今回公式サイトがオープンする、ということでお祝いがてら大幅加筆修正を行いました。執筆に当たっては当時のメモやライブ当日の配布プログラム、それにNifty Serve (現@Nifty)の今はなき「世界音楽フォーラム<FWM>」のログなどを参照しました。
文中敬称略、また演奏曲目のうち作者が明記されていないものは全てピアソラ作です。