1999/12/30(木)
「2000年大作戦」
仕事仲間のS君と今年最後の打ち合わせ。
S君はライヴの制作などの他、クロアキコムの管理も手伝ってくれている。
音楽系と美術系の仕事と両方しているので、いつも貴重な意見や情報をくれるのだ。
今年は本当にお世話になった。
渋谷のカフェで今後の活動についていろいろと案を出し合ってみた。
「宅配コンサートの案もは一年に2,
3回ならスケジュールをうまく組めば
通常のコンサートと並行してやっていけそうなき気がする。
ならば、いっそ屋台コンサートはどうだろう、、」
というところまで話が飛躍した。
だいたい私の案はいつもすっとんきょうだと言われる。
屋台出前コンサート、、、
私のイメージではトラックにアップライトピアノを乗せて
全国を回ってトラックの荷台の上で演奏する、、できればその
アップライトピアノはピンクかなんかに塗りたいなぁ、、
なんてわかのわからない案を出して、大真面目に検討してしまった。
「それじゃ、まさに電波少年だよ、、」とS君。
でも、以前チェリストの藤原真理さんが自分の車で独りで
北海道縦断コンサートをなさったとおっしゃっていた。
小屋のようなところでも演奏したとおっしゃっていた。
橋本一子さんも去年、急にたった独りで全国回るぞ、と思い立って
全国のライヴハウスに電話しまくって、ギター抱えて独りツアーしたのよ、
とおっしゃっていた。
そういう経験はとても糧になったと、、、。
矢野顕子さんも出前コンサートやっていたしなぁ。
でも、トラックにピンクのアップライトピアノはやっぱり現実味ないかな。
なにせ私は免許持ってないし(^^;;。
S君にお礼の夕食をご馳走して帰宅。
2000/03/14(火) 22:41:22
1999/12/29(水)
「ストレス発散の秘密」
実はクロアキはパチンコ屋でストレス発散したりする(^^;;;。
いままでの忙しさが嘘のように急に時間ができたので、
ついふらっと入ってしまった(^^;;;。
最近は不景気なのでまったく出ない。
だから大きな賭けはしないようにしている。
3,000円くらいやってだめなら帰る。
もうだめかな、そろそろやめるか、と思ったところで赤の7が並んだ。
いわゆる権利ものというやつで、もう一回大当たりが来る!
3箱出したところでもう来そうにないのでとっとと止めて計算。
実家で忘年会をしているというので顔を出した。
親戚が集まって鍋をしていた。
「パチンコしてきちゃった、、、」と言うと「嫌な人ねぇ、、」と
本当に嫌そうな顔をされた(^^;;;。
2000/03/14(火) 22:39:41
1999/12/28(火)
「忘年会三昧」
昨晩は6時から銀座東急ホテルで日本演奏連盟とヤマハのパーティ。
その後8時過ぎに東京會舘へ移動し、某株式会社のパーティ。
今夜はビクタークラシックの忘年会。
おなじみビクターのW氏、フルートの藤井香織嬢、ヴァイオリンの鈴木理恵子さん、
ピアニスト・コンポーザーのブルース・スタークさん、ビクターのエンジニアの
Y崎さんと私の6人で原宿の上品な料亭で鴨鍋パーティーだ。
W氏はこの手の店に詳しい。
TV「たまに行くならこんな店」に出てくるような店をよくご存知なのだ。
今回他のアーティストの方々は海外に行っていたり、レコーディング中だったりで
少数の忘年会となった。
鴨鍋は久しぶりだったが美味しかったぁ、、。
鴨の油がタップリ染み出た汁の残りにうどんを入れて仕上げ。
いやぁ、、ごちそう様でした、、Wさん。
来年もどうぞよろしくお願い致します、、漫才の相方、、チガウッテ。。。
2000/03/14(火) 22:37:56
1999/12/26(日)
「フェデリコ楽団」
大阪で所用を済ませ、東京駅からスーツケースをごろごろ引っ張りながら
新宿文化会館へレオポルド・フェデリコを聴きに行った。
6月にヴァイオリンのCHICAちゃんとコントラバスの東谷健司君が
アルゼンチンに行った時、フェデリコ楽団のリハーサルを見る機会に恵まれたそうだ。
「今度日本でやるんだ」と言って「ピアソラセレクション」の練習をしていたらしい。
その話を聞いたときは「わざわざピアソラの曲を入れなくてもいいのになぁ」
と思ったりしたのだが、今夜のコンサートでは古典の名曲と並んで
ピアソラも一つのスタンダードとして聞こえた。
それがフェデリコ楽団のすごさなのだと思った。
フェデリコはもちろんだがピアニストも弦セクションも素晴らしかった。
となりに座っていたCHICAちゃんも興奮していた。
私も生でこれだけのショーアップされたアルゼンチンのタンゴ楽団を聴くのは
初めてだったので、本当に感動してしまった。
2000/03/14(火) 22:36:22
1999/12/25(土)
「梅田タワレコと眼鏡」
Nホテルで妹とWディレクターと三人で優雅にモーニングバイキング。
今日は夕方5時から梅田のタワーレコードでのイヴェントだ。
昨日一分もピアノを弾いていないので、ちょっと練習したくなった。
気の利く妹が梅田界隈の知り合いの楽器店に電話をしてくれて、
12時から1時まで練習室が確保できた。
軽く指鳴らし(^^;;;
、、もとい、指馴らしを終え、
W氏と妹を引き連れて梅田ナビオ阪急の眼鏡屋に行く。
夏に仕事で大阪に来たとき、友人が「絶対気に入るから行ってみなよ。」と
「GLASS
STUDIO
'R'」を教えてくれた。
半信半疑でその店に行ってみたのだが、お店の雰囲気も良いし、
店長もとってもセンスがよくて、
自分の顔にしっくりはまるお洒落な眼鏡を見立ててくれる。
その時、度付きのサングラスを買ったが、あちこちで
「それ、どこで買ったの?いいねぇ、、」と言われてご機嫌な私だった。
なのに、、なのに、、11月に岡山へ演奏会に行ったときに
そのお気に入りの度付きのサングラスを新幹線かどこかに忘れてしまったのだ!!
お忘れ物センターに問い合わせたが、結局出てこなかった。悲しかった。
そういうわけで、梅田に行ったら「GLASS
STUDIO
'R'」に行くぞ
と心に決めていた。
店長に事情を話し、またいろいろ選んでもらう。
今回は冬だしサングラス仕様でなく、透明のレンズでいこうということになった。
白いフレームで、光の角度によって薄い紫やピンクに見えるフレームを選んだ。
「眼鏡になんか興味無いわ」と言っていた妹が「私も欲しい」と言い始めた。
W氏も「僕も作ろうかなぁ」と言い始めた。
妹は裸眼で1.2も見えるので、サングラスとして使えるものを選んだ。
W氏はコンタクトレンズ使用者でかなり近視らしいが、なかなか知的に見える
素敵なフレームが見つかってにこにこだ。
結局三人とも購入してしまった。
プロモーションで出張中の三人のはずが
東京から眼鏡を作りに来た御一行様と化してしまった(^^;;。
ご機嫌モードでタワーレコードへ。
イヴェントは知り合いが沢山きてくれており、和やかなイヴェントとなった。
リベルタンゴ、デカリシモ、ラ・クンパルシータ、アディオス・ノニーノを弾いた。
フロアがものすごく暑かったので、演奏中は汗が胸からお腹の方へ
流れるのが判るほどだった。
クリスマスなのに、年末なのに、みんな来てくれてありがとう。
2000/03/14(火) 22:33:27
1999/12/24(金)
「クリスマスイヴだ!!」
東京からディレクターW氏到着。
Nホテルで待ち合わせ。
「関西版ぴあ」の取材を受ける。
さすが関西。取材と言えども最初からボケやら突っ込みやらがとんでくる。
どこまでが真面目でどこからがギャグだかわからない話の展開になってしまった。
はたしてあれで記事になるんかいな???
その後、取材をブッキングしてくださったY氏がお好み焼きやに連れていって下さった。
イヴにお好み焼きを食べに来ているカップルは流石に大阪といえどもいないものだ。
女の子のグループとかおじさんの集団とかでにぎわっている。
とてもおいしい店だった。
私は昨日も千里でN阪さんとお好み焼きを食べたので2夜連続だ。
お好み焼き屋、いつかは開店したいものだなぁ、、
「クロアキ亭」
はっはっは、、、。
ホテルに戻り第九の本番で大阪に来ていた妹と合流。
大学の同級生で現在N放送ディレクターのH君も会いに来てくれた。
皆でお茶を飲む。(ちなみに全員独身)
メリークリスマス。
2000/03/14(火) 22:31:39
1999/12/23(木)
「千里ヤマハ 里帰りライヴ」
早朝8時前ののぞみで大阪へ。
子供の頃からお世話になっている千里ヤマハがサロンコンサートを企画して
呼んでくださったのだ。
時期が時期だけにタイトルが「黒田亜樹クリスマスコンサート」となっていて、
先方から「プログラムに是非クリスマスナンバーを加えてください」と
リクエストされた。
でもピアソラ、タンゴで燃えている途中で「ホワイトクリスマス」とか
「きよしこの夜」といった曲を挟むのは私には精神的に無理だった。
いろいろ迷ったあげく、おもちゃのピアノを持ちこむ案が浮かんだ。
アンコールでこのおもちゃのピアノで「きよしこの夜を弾こう」と決めた。
このおもちゃのピアノは鉄琴のようなかわいいきらきらした音がする。
数年前、音楽番組で誰かかこのおもちゃのピアノを弾いていたのを見て、
どうしても欲しくなって浜松の楽器店本社まで問い合わせて手に入れたものだ。
もう製造していないらしい。
おもちゃのピアノといっても結構大きい。超大型の布の鞄に入れてキャスターに
ぐるぐる縛り付けてごろごろと世田谷から大阪まで運んだ。
今回は大阪に三泊するので着替えなどの荷物も多く、スーツケースもごろごろ引っ張っているので両手にごろごろ、大変だ。
プログラムは以下の通り。
デカリシモ、ラ・クンパルシータ、淡き光に、オブリビオン、
アディオス・ノニーノ
リベルタンゴ
アンコール きよしこの夜〜ジングルベルの即興
これを1時と3時の二回公演だったのでなかなかへとへとになった。
地元なのでいろいろ懐かしい人達に会えた。
千里店の方々にも本当によくしていただいた。
夜中にホテルに姫路と徳島から友人が訪ねてくれた。
6時に起きたというのに話に花が咲いて解散したのが3時だった。
我ながらタフだなと思う。
2000/03/14(火) 22:29:36
1999/12/22(水)
「瀬川千穂と橋本一子」
2台ピアノでの新作初演の依頼を受けたことがこれまでに2度ある。
どちらも気鋭の作曲家山路敦斗詩氏の作品の初演だった。
一度目は96年の東京文化会館での作曲家協議会「日本の作曲家」シリーズ。
2度目が今年の9月、初台のNTT・ICCセンターでの「デジタルバウハウス」という
イヴェント。
前者の共演ピアニストが友人の瀬川千穂さん。
後者の共演者が私のカリスマ・橋本一子さんだった。
どちらも山路氏の作品に触発されて、2つのピアノで不思議な響きが作り出せた
印象的な本番だった。
偶然にも今夜はその2人の演奏会とライヴがバッティングしてしまった。
音楽会の掛持ちというのは、よほどのことがない限りしないのだけれど、
今夜は特別。
瀬川さんは2年ぶりの気合の入ったリサイタル。
一子さんは初のジャズアルバムの発売記念ライヴで御本人からわざわざ招待していただいた。
どちらも聴き逃せない。
初台オペラシティーと新宿ピットインをはしごした。
近くてよかった。
瀬川さんは人生において弾き続けられるている幸せを感じているのが
伝わってくる演奏だった。それがとても嬉しかった。
瀬川さんと私は同じ年だが、このご時世に弾き続けることはそうそう容易ではない。
舞台を降りてしまった友人も多い。
そのなかで継続と向上をつづけている仲間がいることは私にも励みになる。
一子さんのジャズ系のライヴは久しぶりだったが
一子さんと藤本さんのドラムは、うまく言えないが
すごいと感じさせないすごさだった。
一子さんはやっぱり私のカリスマなのだ。
いろいろ感慨にふけりつつ帰宅。
2000/03/14(火) 22:27:31
1999/12/21(火)
「血まみれの鍵盤」
昨夜の打ち上げのアルコールも抜けない身体で
朝10時に「日本○×音楽コンクール」本選会会場の錦糸町Sホールへ。
恐ろしく体力のいる曲なので途中のコンビニでユンケルを買って飲んだ(笑)。
おやじっぽいなぁ、、、。
短期間で合わせも一回きりなので不安材料は多いのだが、
とりあえず出来る限りのことをしようと集中力を高め、
舞台に上がって演奏開始。
Y君もすごい勢いでマルチパーカッションを叩いている。
拍子が目まぐるしく変わる曲なので楽譜を睨みつけながら弾く。
コンタクトの度数を変えておいてよかった、、、。
演奏が終ってお辞儀をしたら、譜めくりの女のコが
「大丈夫ですか?」と舞台上でささやいた。
「えっ?」と振りかえるとなんと鍵盤があちこち赤く染まっているではないか!!
自分の手をあわてて確かめると小指の先から出血。
演奏中に爪が割れたようだ。
集中していたので全然気がつかなかった。
譜めくりの女の子は、みるみる赤くなる鍵盤を見て、ずっとはらはらしていたそうだ。
疲労困憊で結果発表を待たずに帰宅。
途中でY君より携帯に連絡が入った。
「三位になりましたぁ!!」
よかったね、Y君。おめでとう。
でももう演奏中に血を流すのはいやだ。
だって我に帰るとすごーく痛いんだもん。
2000/03/14(火) 22:25:11
1999/12/20(月)
「東京ピアソラランド VOL.歳末」
今年最後のピアソラランド。
楽しい気分でのんびりマンダラへ、、のはずが、
急に頼まれた打楽器のコンクールの伴奏で、昨晩から徹夜で怒涛の譜読み大会だった。
Psathas作曲の「Matre's
Dancs」という曲は、聴いた感じはジャズテイストなのだが、
和音や跳躍の連続、早弾きフレーズ羅列の大変な難曲で、なんとピアニスト13人に
ことごとく伴奏を断られ、最後に私に電話をしてきたY君だった。
Y君の切羽詰った声につられ、引き受けてしまった。
実際譜読みを始めてみると「何なのよコレ!」とぶつぶつ言いたくなった。
即興で弾けばいいような山下洋輔風フレーズが、お玉じゃくしで書いてあるのだ。
でも目まぐるしく変わる変拍子で、キメもいっぱいあるので、
もちろん即興で弾くとあわない。
こういうものを楽譜どおりに弾くのは反って大変なのだ。
早起きして11時にS音楽大学へ。
一回通して合わせてみる。
「ばっちりですよ、この曲が1回で合うなんて奇跡ですよ!」とY君。
ああ、徹夜したかいがあったわ、、。
そのまま南青山マンダラへ移動。
徹夜明けで私はかなりハイテンション。
ソロのアディオスノニーノで燃えすぎて灰なってしまった(^^;。
最初はなかなかさまにならなかった早いテンポのミロンガが
今は遊びも入れられるようになってとても楽しい。
今夜の収穫は遊べたミロンガとヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ピアノの4人で
やった「ブエノスアイレスの冬」かな。タンゴと室内楽の中間くらいのスタイルで
個性も出せたんじゃないかな。
終ってから皆で1年を振りかえりつつ飲むビールがまた最高。
CHICAちゃん、いろいろ迷ったけど、続けてきてよかったね。
東谷君、タンゴの事がよく判ってなかった私に、
根気良くいろいろ教えてくれてありがとう。
今年1年間、ピアソラランドで得たものはかけがえの無いものです。
来年はもっともっと楽しく、そして新しい試みをしようね。
2000/03/14(火) 22:19:22
1999/12/18(土)
今日はタワーレコード渋谷店でイヴェント。
何を弾こうかぎりぎりまで迷って、あれこれとっかえひっかえ
練習してみたんだけど、そうこうしているうちに時間がきてしまって
慌てて出かける。渋谷は近いのでよかった。
実は店頭って結構緊張する。
だってリハはないし、ピアノの状態もわからないまま
出たとこ勝負で弾かねばならん。
すぐそこに人がいる。ほとんどデパートのウルトラマンショー状態(^^;;。
おまけに新譜のイヴェントだから初めて人前で弾く曲なわけだし;;;;。
一応対策として人前では何度も弾いているリベルタンゴあたりから始めること
にした。
去年はアルバム発売前の10月にもタワーでイヴェントやったし
発売日の12月19日もやったから、これでタワーで弾くリベルタンゴは
三度目ということになる。
悩んだ末に新譜から選んだのはアディオスノニーノとクンパルシータ。
クラシックフロアなのに
私はまだあそこでクラシックを弾いたことがない(^^;;。
ぱっと見た限りでは、去年の倍ちかく人が集まっていた気がする。
おかげさまで50枚以上売れたそうだ。
皆さん、応援団有難う。
2000/03/14(火) 22:17:40
1999/12/17(金)
先日から眼が悪くなったな、、と自覚することが多かったので、
2年ぶりに眼医者へ行って検診をうけることにした。
亜:「楽譜を見つづけて目を酷使したようで、とても疲れ眼なんです」
医:「あ、あんたなんか楽器やるの?」
亜:「はい、ピアノなんですけど」
医:「あ、そう、私スタインウェイのグランドピアノ買ったのよ、昨日届いたよ」
亜:「まあ、いいですねぇ、先生が御弾きになるんですか」
医:「いや、うちは見るだけ、飾って眺めるんだ。」
亜:「私も欲しいんですよ。いいですねぇ、いつか弾かせてくださいよ」
医:「だめだめ。うちのは眺めるだけ。弾かないの。」
亜:「・・・・・・」
結局ただ近視が進んだだけだと言われた。
なんだか気分的に眼のことはどうでもよくなってしまった。
私なんてもう何年もスタインウェイのピアノ欲しいなぁ、、と
購入計画立てているのに、
弾かないのにパーンと買っちゃう人もいるんだね。
帰りに眼鏡屋でレンズを変えた。
コンタクトも度数を強くした。
2000/03/14(火) 22:15:55
1999/12/16(木)
本日クロアキコム開店!!
いやいや、びっくり、開店早々に掲示板の賑やかなこと!!
みんな、ありがとう。
今日は夕方から北千住でバンドネオンの小松亮太さんのお父様、タンゴギターリストの小松勝さんとリハ―サル。
一昨年から、亮太君のお母様でタンゴピアニストの小松真知子さんには、レッスンや
いろいろなアドヴァイスを頂いて本当にお世話になっている。
その真知子さんが企画して、1月に「ピアニストたちのタンゴ」という
コンサートを行う。
数ヶ月前から真知子さんと何をやろうか相談しているうちに、
この勝さんとのデュオという案が持ち上がった。
勝さんとのデュオは初めてなんだけど、初リハなのになんかオリジナルな音がして、とても楽しかった。
恥ずかしながら「タンゴ2000」を差し上げた。
スペシャルサンクスのところには
'MACHIKO KOMATSU'
とクレジットさせて
頂いている。
ご夫婦で「エル・チョクロ」による大フーガを真剣な面持ちでずっと
黙ってきいておられる。
居心地悪いな、、と思っていると曲が終った。
勝さん大わらい。
「これ多重録音じゃないの?」「いえ、、ひとりで、、、」
「ホントに面白い人だね、、あなたは。」
真知子さんは1月のコンサートの1部は「エル・チョクロ」づくしにしようかしら、
と思いついてしまったようだ。
真知子さん率いるタンゴクリスタルの「エル・チョクロ」、クロアキの「エル・チョクロ」他のピアニストも「エル・チョクロ」、、、。
これも風変わりなコンサートになりそうだ。
2000/03/14(火) 22:13:27
1999/12/15(水)
今日は新宿のヤマハで『ピアソラランド歳末』のリハーサル。
実は年内のピアソラランドは10月で終ったはずだった。
確か「では、来年の春頃お会いしましょう」とかなんとか
ライヴの終りにしゃべったはずだった。
実はこの歳末ピアソラランド、急なことで雑誌への告知も間に合わなかった。
11月にCHICAちゃん率いるOKSQのライヴがマンダラであったのだが、
聴きにいった私に店長が出会いがしらに
「12月20日空いてるんだけど、忘年会ライヴやらないか?
CHICAはスケジュール空いてるってさ」と声をかけてきて
いきなり持ち上がった企画なのだ。
ライヴの1ステと2ステの合間の休憩中に、事務所の人やOKSQのメンバーと
あたふたとスケジュールを出し合って、大阪にツアー中のコントラバスの東谷健司さんを携帯電話でつかまえたら、なんと皆スケジュールオッケーだった!!
OKSQのライヴの最後のトークでCHICAちゃんが「12月20日にたぶんなんかやりまーす」と宣言して、歳末ピアソラランド決定。
せっかくの忘年会ライヴなんだから、楽しめるように
今までやってきた得意な曲をその日の気分でやろうということになった。
リハにみな集まったけど、全員でやる革命家、フーガ9あたりを真面目に練習して、
あとはその日の気分で当日曲目を決めようということになった。
最初の頃のピアソラランドは、レパートリーも偏っていたから、
その日の気分で、なんてあり得なかったんだけど、、、
今年一番の楽しいライヴにしたいな。
2000/03/14(火) 22:11:47
1999/12/14(火)
ここまで日記はとても順調だなぁ、、。
今日は某県立高校へ出勤。
1年生2人、2年生1人、計3人にレッスンをした。
どんなレッスンをしているかというと、
1年生は1月末に古典派のソナタの試験があるので、
一人はベートーヴェンのソナタ「悲愴」、もう1人は「テレーゼ」。
2年生は、やはり同じ時期に、ロマン派の自由曲という課題で
私の生徒はショパンのスケルツォ3番。
廊下で私が教えていない生徒たちに
「先生、渋谷タワーレコードのイヴェント行きますよぉ。」
「私も行きますよぉ」と声をかけられた。
「ありがと。でも先生と呼んじゃやぁよ、亜樹ちゃん、いや、それは無理があるな、
亜樹さんかな、、、」と返事する。
「えぇぇ、、そんなこと言えませんっっ」と女子高校生。
とにかくタワレコは賑やかになりそうだ。
2000/03/14(火) 22:10:10
1999/12/13(月)
昼1時からビクターにて音楽雑誌「ラティーナ」の取材だった。
インタビュアーは1枚目のCDのライナーも書いてくださっている
斎藤充正氏。
ラティーナ誌の丸山由紀さんと、ビクターの渡辺剛ディレクターと斎藤氏と私の4人で
社内の応接室のテーブルを囲んで1時間半ほどぺらぺらとしゃべった。
今回のアルバムは私としては思いきって自分を出したつもりだが、
それだけに世間の、特にタンゴ界の方々にこきおろされるかと思って
実はちょっとびびっていた。
でも斎藤さんはとても好意的に質問を投げかけてくださったので
嬉しかった。
私がピアソラの音楽に惹かれるようになったきっかけ、
クラシックとタンゴとの根本的な違い、演奏上の苦労、
作曲家としてのピアソラ、ピアソラの出版されている楽譜について、
などがインタビューの主な内容だった。
2月号か3月号の記事になるらしい。
丸山さんがラティーナ4月号をくださった。
はやくも新譜レビューの欄に「タンゴ2000」についてもコメントが載っていた。
斎藤充正さんが出光音楽賞を受賞なさったのをお祝いする会というのが
今年6月にあったのだが、そのときに少しお話した鈴木一哉さんが
書いてくださっていた。
嬉しいコメントだった。録音大変だったけど頑張ってよかった、、、。
2000/03/14(火) 22:08:18
1999/12/12(日)
ビクターホームページの新春特別号でボイスメッセージを流すらしい。
その素材を45秒何かしゃべって担当ディレクターの留守電に録音することになった。
45秒っていうと意外と長いもんだ。
ただしゃべるだけじゃ面白くないから、初めと終りにちょこっとピアノを弾いてみる
ことにした。
受話器を顎の下に挟んでピアノを弾いて、
「あけましておめでとうございます。黒田亜樹です。」とかやってみた。
「なぁんだ、真面目じゃない。」と渡辺ディレクター。
もっと変なギャグでも飛ばすと思ったらしい。
お正月になったら皆さんも一度は聞きにいってみてね。
いろんな人の声が聞けますよ。
2000/03/14(火) 22:01:40
1999/12/11(土)
私はこれでも一応ピアノの先生なのだ。
某尚美学園という専門学校と茨城県立の某高校音楽科のピアノ実技の
非常勤講師なるものをしている。
グランドピアノが2台並んだレッスン室でレッスンをするのだ。
でも去年なんかは演奏会とかライヴとかリハーサルが続いて、
決められた曜日に全然出勤できなかった。
休講にしてしまった場合は別の日に補講というのをしなくちゃならないんだけど、
今年は補講が全体の半分くらいになってしまった(^^;;。
でも学校も生徒もそれでもなんとか許してくれている。
生徒たちはこんな不良先生の私によくついてきてくれるので嬉しい。
今年の春は可愛がっていた生徒が二人ともストレートで芸大に合格した。
コンテンポラリーαのリハーサルで芸大に出かけて、
その生徒たちに廊下でばったり出くわしたりして、それも楽しい。
てなわけでクロアキ先生は結構生徒が多いのだ。
今日は1日生徒を教える日だった。
5人も教えると喉が痛い。
あー疲れた、、、、。
2000/03/14(火) 21:56:18
1999/12/10(金)
のんびり休もうと思っても、実は譜面の整理とか
今後予定されているコンサートの曲目を決めて主催者に送るとか、
いろいろ事務的な用事も多く、のんびりしてられないことに気づく。
でもまだ目の疲れが取れなくて、どうにも作業がはかどらない。
気晴らしに私の馴染みの近所のイタリアン、「グッチ―ナ」にランチを
食べに出かけた。
生ハムのサラダを前菜に、ラグーのパスタとドルチェでお腹一杯。
最後にカプチーノ。
さらに気晴らしに、馴染みのブティックへ。
結構な衝動買いをした。
黒いロングスカートと同じく黒い半袖のニット、玉虫色のベルベットっぽい
ロングワンピース、縞の2ピース。
常連のよしみでちょっと値引きしてくれた。
2ピースはタワーのイヴェントで着ようかなぁ、、、、(^^)。
夜は三宿のカフェまで散歩してヴァイオリンのCHICAちゃんとミーティング。
マンダラライヴのための打ち合わせ。
結局予定していた事務的な作業は手つかず。
2000/03/14(火) 21:55:10
1999/12/09(木)
12月に入ってホームページの開設の準備をしようしようと思いながらも
非常事態の日々が続いたので、何もできなかった。
でもそれも終ったので今日からやっと日記が書けそうだぞ、っと。
というのも昨晩は私の参加している団体「Ensemble
Contemporary
α」の定期公演だったのだ。
この団体は芸大の先輩、後輩の演奏家、作曲家によって結成されている現代音楽のアンサンブル。
私は去年の12月の定期公演から突然メンバーに加わったんだけど
今回は初演3作品を受け持つことになった。
作品の出来あがりが直前だったものもあったので、朝5時に起きて譜読みをしてから
芸大に出向いて、1作品につき2時間ずつ1日6時間のリハーサルをやって、
また帰ってから練習して、、、、なんてことを数日続けていたので、
日記書くどころではなかった。
今日は朝起きたら目がすごく痛かった。
筋肉痛みたいな痛さ、、、。
なんだろう、、と考えてみやんだけど、
譜面を睨み付けながら瞬時に鍵盤を確認し、指揮者にも視線を飛ばし、、、
という事を舞台上で数10分続けていたので、眼球が筋肉疲労したんじゃないかな。
やばいやばい、、と思って今日は世田谷公演に出かけて緑を見たり昼寝をしたり。
こんな平和な昼は久しぶり。
このところ録音、ライヴ、コンサートと行事が続きっぱなしだったからなぁ、、、。
疲れがとれないせいか眠れなくて、朝方5時なのについついネットアクセス(^^;;。
先日雑誌の取材でいろいろお話した音楽ライターの山尾敦史氏のページが
41日開設予定だったのを思い出し飛んでみたら、開いていた!!
なんと、トップで私のアルバムのレビューをのせてくださっていた。
びっくり!!
本当にありがとうございます。
私のページも頑張ってにぎやかにしようっと。
以上が現在登録されている記事の全てです。
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